女子的目線から好きなものを綴っているだけ。


by kozuenoyu
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看護の意味。

f0091318_283066.jpg昨日の夜勤の出来事。久しぶりに怒りが爆発してしまった。
その場にいた師長さんが、ワタシの思いの丈を聞いてくれたおかげでどうにか夜勤を終えることは出来た。

看護のプロとしていかにあるべきなのか?

今日は、長くなりそうなので興味のある方は続きへ・・・。




昨日の夜勤前の申し送り。

手術後2日目のSさんについて日勤者から申し送られた時の出来事。



Sさんは今回が2回目の手術で、前回手術をした際に、術後せん妄になってしいました。

そして今回も同じように術後せん妄となり、家族に付き添いをお願いしていました。

(術後せん妄とは錯覚(さっかく)や幻覚や妄想が起こり、興奮したり不穏な状態になります。手術直後に起こり、一過性・動揺性で、数日か数週間で回復します。)



Sさんはまだ術後間もないため、ベッド上安静です。

手術創には吸引チューブが付いていたり、術後の痛みのコントロールのために腰から痛み止めの管もついています。

まだ食事の摂取量が少ないため点滴もしていました。



術後せん妄になると、このような大切なチューブ類を無意識に自分で引き抜いてしまったり、

安静が守られない場合があります。

チューブを万が一引き抜いてしまった時、チューブが引きちぎれて体の中に残ってしまったら、

残ったチューブを取り出すための再手術が必要になります。

このようなことを予防するためにも、ナースは頻回に訪室して患者さんに危険がないかチェックします。



しかし、、完全看護であっても夜勤になるとどうしてもナースの人数は減りますので、

なかなか目が行き届かない場合があります。

そこで、患者さんのご家族の協力が必要になります。

家族が付いているというだけで、不穏が改善される場合もありますし、また危険の早期発見にもつながります。



Sさんは術後2日目、術後せん妄が続いています。

日勤者が担当している間もやはり、チューブを抜こうとしたり、

無意識に起き上がろうとしていたようです。

で、申し送りのこと。



日勤者:「Sさん、術後せん妄は続いています。ご家族の方は、今晩は泊まりません。」

ワタシ:「えっ?まだドレーン(管)入ってるよね・・・?明日、ドレーンが抜ける予定だよね。」

日勤者:「けど、おうちの方が帰ると言っていたので・・・。」

ワタシ:「ご家族に、今のSさんの状況は話したの?」

日勤者:「はぁ・・・。知ってると思います。」



その時点で、半ギレの私。



この子は、日勤帯で何を観察し考たんだろう?

日中の状態から、あらゆるリスクを考え、次なる行動をとらなければならないのに。

この患者さんには、まだご家族の協力が必要だと思わないのだろうか?

自分の勤務が終わったからそれで終わり?

どうしていいか分からなければ、みんなで相談するべきじゃぁ・・・。



とりあえずはイイヨ、と申し送りを受けました。



案の定、夜勤が始まって2時間後、

私が訪室した10分後に点滴が抜けているのを、同僚が発見してくれました。

そしてその後、患者さんのお家へ付き添いのお願いの電話をしました。

快く付き添いを承諾してもらいました。



夜間、Sさんはもう一度点滴を抜きましたがw、日付が変わる頃には眠っていました。



ナースとして・・・、

見聞きして知りえた情報は、看護につなげるのが当たり前ではないでしょうか?

例えば、

「○○さんが頭が痛いそうです。」

こういう報告をされた時、私はこう返答します。

「で??」

(なんかちょっとイジワルですが・・・。)

情報を伝えるだけならナースの資格がなくたって出来ます。

私は、これは『看護』していないことと同じと考えます。



この情報から考えられること。

何で頭が痛いんだろう?
何か誘引はあったのか?
バイタルサインはどうだろう?
この原因が考えられるかも?
じゃあ、このように患者さんにしてあげよう。もしくはドクターに早く知らせよう。

などなど・・・。

または分からなかったら、『先輩に相談しよう。』でもいいんです。



今回の場合も、『術後せん妄があり日中点滴を抜こうとしていた』という情報があるのですから、

その情報から、他の管も抜く危険があるとか、

理解力が低下しているため一人で起き上がりベッドから転落する危険があるとか、

情報を展開させることが出来ます。

そして、考えられるリスクがあれば、それを回避する為の対策が必然的に立てられなければいけません。

私は、患者さんのご家族が帰ってしまったことに、怒っていたのではないのです。

看護者として、この対策をおろそかにしていたことに怒りを感じたのです。



一つの情報から、枝別れさせて考えられることって沢山あると思うのです。

この『枝』の数が最初のうちは少ないかもしれません。

しかし、枝がない、ましてや自分で断ち切るようなことはしてはいけないと思います。

すべては、患者さんが安全で快適に医療を受けられるために必要なことなのですから。



看護をするということことがいったいどういうことなのか。

私も改めて考えた出来事でした。
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by kozuenoyu | 2006-04-22 03:19 | MEDICAL